これは、最初に出版社に提出した原稿を 元にしているので、最終版とは若干異なっている (と思 う)。もちろん、(誰かが書いてくれたのではなく) 自分 で書いた文章です。
Jeffrey Friedl に紹介された時、開口一番の彼の言葉 は「あなたは DFA と NFA の違いがわかるか?」という ものだった。学生の時にオートマトンの授業を真面目に 聞かなかったことを大いに後悔したものだ。思えばこの 時、その後の作業の困難さを予感すべきだったのである。 もっとも、本書はそんな背景知識を持たなくても、十分 実践的な情報を得られるように書かれているので、読者 諸兄は安心して欲しい。
以上は実話である。何が実話かと言うと、 Jeffrey に初対面の時こう言われたのも、オートマトン の授業を真面目に受けなかったのも、両方実話である。 オートマトンは結局単位を取らなかったような気がする。 大学での専門は情報科学だったが、必修科目ではなかっ たので取らなくても卒業できた。したがって、大いに後 悔したのも実話である。
Jeffrey とは、最初オライリーの方と一 緒に夕食を食べに行ったのであるが、彼は京都から出て 来ていて、泊まるところがないのでオライリージャパン のオフィスで寝袋の中で寝たらしい。ボクの知合いの外 人には「ヘンナガイジン」が多いが、Jeffrey もやはり 「ヘンナガイジン」だと思う。ヘンナガイジンでなけれ ば、こんなヘンナ本を書けるわけない。ガイジンにはそ もそもヘンナやつが多いのか。それともボクの周りに居 るガイジンにヘンナガイジンが多いのか。しかし、そう いえばヘンナニホンジンも多いか…
本書全体を通しての印象はと言えば、「よくもまあ、こ こまで調べたものだ」というより他はない。正直言って、 本書を読むまでは自分自身正規表現をそこそこ理解して いるつもりだったし、Perl についても学ぶべきことは それほど残っていないと思っていた。筆者も中で書いて いるように、執筆をはじめる前は当人もそうだったらし い。しかし、現実はとんでもないもので、調べれば調べ るほど新しい事実が明らかになり、読者は本書を通して 筆者の辿った経過を追体験することになる。
そういう意味では、本書は正規表現についてこれから学 ぼうと思う人よりも、自分は正規表現について結構わかっ ていると思っている人に役立つ本だと言える。もちろん、 初心者が読んでも大丈夫なように工夫されているので心 配はいらないが、おそらく何度か読み返さなければ、す べてを理解することはできないだろう。
概ね本音である。でも、初心者でも大丈 夫というのは半分営業トークだ。初心者にわかるわけが ない。最初わからなくても、段々わかるようになってく るのはもちろんだが、その時にはすでに初心者ではなく なっているわけだ。そういう意味では、読みはじめる時 に初心者であっても、別段心配する必要はない。もちろ ん、詭弁である。
本書の日本語版の作成は、正直言ってなかなか大変な作 業だった。内容が極めて専門的だというだけでなく、用 語や表記が独特であるために、翻訳者の苦労は大変なも のだったと思われるし、監訳に際しては筆者との間に数 多くの電子メールが取り交わされた。
実際、Jeffrey との間では何度もメール で話しあった。改めて数えてみると、本書に関連して監 訳者と筆者の間で交わされたメールの数は 93 通であっ た。おそらく、その 70% 程度が内容に関することでは ないかと思う。
表記の問題としては、原書で使われてい る正規表現を表すための記号が、日本語の括弧 ( 「 と 」 ) に非常に似ているため、日 本語の文章では使いにくいということがあった。最終的 には、プロダクションに罫線みたいな形 ( ┏ と ┛) という指定をして、フォン トを作成してもらった。それ以外にも、正規表現中の下 線部分とか、プロダクションの方は非常に苦労しておら れるのである。
原書で使用されている言い回しには、独特なものが少な くない。本書では、正規表現エンジンの動きを自動車の トランスミッションに譬え、それが文字列を先頭から順 番に試していくのに bump-along という言葉を使ってい る。何かにぶつかりながら、順々に進んで行く様子を表 しているのだが、これを何と訳出するかについては最後 まで悩まされた。最終的に「シフト」という言葉を使っ たが、あまり素晴らしい出来栄えとは言えない。このよ うな部分が散見されるのは、すべて監訳者の文才の無さ 故である。筆者のやんちゃな文章も悩みの種で、"Rich Corinthian Leather" が20年前にアメリカの車のコマー シャルで流行った台詞だとは、説明してもらわなければ わかろうはずがない。
"Rich Corinthian Leather" は、もちろ ん意味がわからなくて、筆者に問い合わせたのである。 上の説明の通りで、20年以上前にアメリカのテレビコマー シャルで使われていた台詞らしい。日本で言えば、サニー 1200 の『隣の車が小さく見えまあ〜す』(1971年) みた いなものなんだろうか。『まあ〜す』のイントネーショ ンが印象的なことと "Riiich Coriiiiinthian Leaaaather" という表現にもなんとなく共通点があるよ うな気がする。
「シフト」という表現についても筆者との 間に論議があった。車のアナロジを使って説明している ため、シフトという言葉はギアのシフトを連想させ、そ れは bump-along が表したいことを示すメタフォとして は適切ではないというのが Jeffrey の意見だった。他 にいい考えもなかったので、結局「シフト」に落ち着い ている。
訳語でもっとも悩んだのは "formal algebra" だったような気がする (5ページ目 脚注)。結 局「形式的代数学」と訳したのだが、数学に詳しい知合 いに相談したり、数学辞典やら何やらいろいろと調べて も、formal algebra の日本語訳を見付けることはでき なかった。そもそも、英語でもそういう表現が使われて いる例は、無いことはないが少ない。しかも、ここをど う訳そうと、本来の内容には何の影響もない。こんなこ とに引っかかって時間を食ってしまうのはバカバカしい ことだとわかっているのだが…
本書は、正規表現全般を対象にしているが、Perl に関 する記述が多い。原書は Perl 5.003 の時点で執筆され ているが、日本語版作成時のバージョンは 5.005_02 で あり、つい最近 5.005_03 がリリースされた。その間に Perl の正規表現についても、多くの変更や機能追加が 行われている。新しい機能については、なるべく脚注等 で説明を加えるように努力したつもりだが、完全ではな いので、最新版の情報を参照して頂きたい。
本書が完成に至ることができたのは、優れた翻訳者が得 られたからで、他の部分に似つかわしくない洒落た言い 回しが使われている部分は、おそらく翻訳者の鈴木武生 氏と春遍雀来氏によるものである。監訳作業は、主に西 武池袋線と有楽町線の直通電車の中で行われた。原稿を 抱えて鉛筆を片手に Jeffrey の悪口をつぶやいている 妙な乗客を見かけたことがあれば、それは私である。両 線の相互乗り入れがなければ、本書の完成がさらに遅れ たか、今シーズンゲレンデに行く回数が大幅に減って、 息子の顰蹙を買っていたところだ。両社に感謝。最後に、 遅々として進まない監訳作業に辛抱強く付き合ってくだ さった中尾真二氏はじめオライリージャパンのスタッフ の方々に心から感謝の意を評して、挨拶に代えさせて頂 きます。
依頼をされたときには、締切は随分先の ような気がするので気軽に請け負ってしまうのだが、後 になって後悔するというのが、いつもの話である。実際、 かなり厳しいスケジュールで作業していたので、本当に 電車の中で原稿のチェックをしていた。西武池袋線と有 楽町線が乗り入れを開始したのは 1998年3月26日だ。大 泉学園から直通電車を選んで飯田橋まで乗って行くと、 40分近く作業できる。意外に思う人も多いかもしれない が、監訳作業は紙に印刷した原稿を使ってやる。だから、 さすがに「チェッ!」とかは口にだしては言わないもの の (周りに人がいなくても、実際に「チェッ!」という 人は少ない)、本当に赤ペンを持ちながら電車の席で怪 しいことをやっている妙な乗客なのだ。もちろんいつも 座れるとは限らないので、その場合は立って作業するこ ともある。あまり快適な環境ではないが、印刷物だとこ ういうこともできて便利である。
1998年から1999年にかけての冬というと、 長男が幼稚園の年長さんの歳である。3歳くらいからス キーには連れて行っていたが、まともに滑べれるように なったのは、この年からだ。子供は上達が早いので、一 緒に滑べっていても面白い。2月から3月にかけては日帰 りで毎週末滑べりに行って、結局1シーズンで上級者コー スもギャップも滑べれるようになったのだが、実際電車 の中で作業できなければ、週末を潰さなければならなかっ たろうから、ここで書いたことは本当である。ちなみに このころ主に行っていたのは佐久のスキーガーデンパラ ダで、晴天率は高いし、高速直結なので道路に雪はない し、子供を連れて行くのにはちょうどいい。どうせそん なに長時間は滑べれないので (子供が幼稚園ということ もあるが、実際にはこっちの体力が持たない)、練馬か ら昼前に出かけて、夕方には帰って家で夕食を食べられ る。出かけるのはいつも土曜日なので、夕食後また夜中 の3時頃まで作業できる。平日も夜の12時頃に帰って来 て、やはり3時頃まで監訳作業しているので、かなりヘ トヘトなのだが。
歌代 和正
1999年4月 桜満開の大泉学園にて
もちろん、大泉学園にだって桜があって、 特に駅前から学園町に向かって北に延びるバス通りは、 両脇から延びた枝が道の中央で重なりあって、満開の時 には桜のトンネルができて実に美しい。南には珍しいセ ンダイヤザクラが花をつける牧野記念庭園がある。しか し、ここで言っている桜はそういうのではなく、家の庭 先にあったソメイヨシノである。2階のベランダに出て 仕事をしていると、目の前に満開の花を咲かせていたも のだ。その後、住宅開発のために、この桜も、隣の夏ミ カンやびわの木も切られてしまった。おそらく、二度と 自宅の庭から満開の桜を見ることはあるまい。
Jeffrey の著者紹介の最後の文章は、日 本語版が出る前に追加してもらった。奥さんの名前を載 せて構わないのかと確認したが、載せてくれというので そのままにした。できれば、日本語版向けの著者まえが きを書いて欲しいとお願いしたのだが、当時彼はとって も忙しくて残念ながら実現できなかった。
"Rich Corinthian Leather" が気になって調べてみると、 問題の車は Chrysler Cordoba というもので、1979年頃 のことらしい。 ここ (コ ピー) に写真付で解説がある。セリフを喋っていた のは Ricardo Montalban ( * * ) という俳優。 もしやと思って調べてみたら、やっぱりあった→ richcorinthianleather.com。 テレビコマーシャルの音声が聞けるが、残念ながら問題 の台詞は入っていない。 写真は Star Trek II のものと思われる。2002.01